1960年代

1960年、創業社長の梶山敏雄が新潟市上大川前通に新潟通信機株式会社を設立。
拡大する国内タクシー無線の需要に応えるように、10年間で4種類の車載無線機を次々に市場へ投入。
発売当時ひとかかえもあった大きさの無線機は、次第に小型化されて車内に設置しやすい大きさに進化。

NT-150UM1D-3
NT-150UM1D-3型(1960)
VNT-061T
VNT-061T型(1963)
GTseriese
GTシリーズ(1966)
KSSseriese
KSSシリーズ(1969)

新潟市礎町通にあった工場を、同じ市内の関屋、上所島(現在の上所中)の順に移転し生産体制を拡大。
全国各地に営業所を順次開設させて販売サポート体制を構築した。

  • 長岡営業所 (1962年)
  • 長野営業所 (1962年)
  • 仙台支店  (1963年)
  • 秋田営業所 (1964年) 現在の北東北営業所
  • 金沢営業所 (1964年)
  • 東京支店  (1965年)
  • 大阪支店  (1966年)
  • 名古屋営業所(1969年)
  • 広島営業所 (1969年)

新潟県南蒲原郡田上町の田上自動車学校を経営。教習無線機メーカー直営の自動車学校として注目を集める。

時代背景

1964年、東京オリンピック開幕。
その前年に日本初の高速道路となる名神高速道路が一部開通。東北道、中央道、北陸道、中国道、九州道といった大都市を繋げる高速道路建設が全国で次々に始まる。
自家用車台数は1,000万台に到達。交通事故による死者が年間1万人を超え、「交通戦争」という言葉が流行。
1953年に北海道から始まった無線タクシーが全国に普及する。

1970年代

この時期、さらに営業所を拡大。北海道、九州四国にも進出し全国の販売サポート体制を確立させる。
1975年に発売されたSST型シリーズは、内部スピーカを採用した洗練されたデザインで、現在の車載無線機の原型。

SSTseriese
SST型シリーズ(1975)
  • 福岡支店  (1970年)
  • 札幌支店  (1971年)
  • 松山営業所 (1973年) 現在の四国営業所
  • 千葉営業所 (1974年)
  • 静岡営業所 (1978年)

新潟本社敷地内で日本ロードサービス株式会社を経営。自動車社会に幅広く貢献する。

時代背景

日本の自動車保有台数は、3090万台を突破。当時、米国に次いで世界第二位の台数。
道路の舗装延長も36万キロメートルに達し、自動車による人の移動が活発になる。
タクシー業務適正化臨時措置法が施行され東京、大阪圏でタクシードライバーが登録制になる。
時間距離メーターと深夜早朝割り増し料金を盛り込んだ料金改定が登場し、交通事故が大幅に減少。

1980年代

この時期は、音声通話以外の製品を多数開発し市場へ送り出した。
AVMもその一つで、GPSのない時代に車両の位置情報を自動で把握できた。
その仕組みは、各地に設置されたサインポストが発信する電波をタクシー無線機が拾うことでタクシーのおおよその位置情報を取得する分散送信方式と、反対にタクシー無線機の電波を有線で設置されたサインポストが受信する分散受信方式があった。
当時は汎用コンピュータがなく、コンピュータ(写真の中央制御装置)も自社製だったため導入費用が高額でした。

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AVM分散送信方式(1982)
bunsan_jushin
AVM分散受信方式(1982)

AVMの導入費用の問題を解決したのが、サインポストではなく乗務員が専用端末16地区操作器を使って位置情報を登録する半自動方式や、音声で位置情報を申告して配車室側で登録するAVM簡易型でした。配車卓と呼ばれる専用キーボードを使って個別ブザーなどの機能が追加されたのもこの頃です。

300FS
AVM半自動方式(300SF)(1985)
16chiku
16地区操作器(1985)
100SF
AVM簡易型(100SF)(1987)

この時期に発売されたタクシー無線機MH型シリーズは、従来よりもさらに小型化され、音質もよく大変評判の良いモデルでした。
後継モデルのMI型シリーズからは、スピーカマイクが採用され現在の無線機と外観が非常によく似たモデル。
これらの無線機をAVMで使う場合には、16地区操作器など音声以外の通信を行うため無線機のほかに付加装置と呼ばれる機器を使います。

MHseriese
MH型シリーズ(1984)
MIseriese
MI型シリーズ(1989)

可搬型無線機は、酒屋さんの配達などで使われた無線機。
ニッカド電池が非常に重く、無線機本体で5.3Kgもありました。
現在、多くのバス会社様で使われているバス接近案内(バスロケーションシステム)が発売されたのもこの時期でした。

SCN
可搬型無線機SCN型(1984)

時代背景

日本中がバブルと呼ばれる好景気。
タクシーは、「無線配車」が中心となり、配車室では深夜まで電話が鳴りやまず、タクシーを捕まえるために道路で一万円を振る姿も見られた。
MCA無線(Multi-Channel Access radio system)が登場。
タクシー無線局数は19万局になる。

1990年代

この時代も新しい試みがいくつも行われました。
その一つが、駐車誘導案内システムです。市街地の道路が書かれた特注の大型版に駐車場位置の空車情報をランプ点灯で知らせるものであり、まさに車社会を象徴する製品でした。
また、この時代に登場したGPSを利用してAVMは、より精度の高い位置情報を取得できるようなりました。
まだ、無線機とPCが直接接続できなかったため、写真のような制御装置を介して接続する必要がありました。

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駐車誘導案内システム (1993)
5500
GPSシステム(5500型) (1994)

新潟本社に技術棟が建設されて、今の事務棟/技術棟の2棟体制になりました。
1990年には、京都営業所を開設し近畿地方の体制を強化する。
この頃、当社の取り組みが評価されて新潟県経済振興賞を受賞します。

時代背景

バブルが崩壊し、銀行や証券会社が相次いで倒産。
タクシー無線局は23万局を超える。
「無線配車」が減る一方で、乗客の新たなニーズに応える介護タクシーなどが登場。

2000年代

品質、環境に配慮した生産販売体制を構築すべくISO9001(JQA)、140001(JQA)を取得。(2008年)
この頃に市場投入したデジタル無線機DA型は、従来のアナログ無線機の4分の1の時間で情報が伝達可能に。
また、後継機のDB型は基地局制御により、音声通話を遮ることなくデータ伝送ができ効率的になる。
タクシー側もタッチパネル操作器や、カーナビが接続できるため、配車室から送られてきたデータで顧客情報を確認、迎車位置まで移動、到着連絡といった一連の動作をスムーズに行うことができ、音声通話の頻度が少なくなりました。

タッチパネル操作器
30型タッチパネル操作器(2008)
DB型無線機
DB型無線機(2008)

時代背景

電波の有効利用を目的に、地上デジタルテレビ放送が始まる。
同様に、タクシー無線でもデジタル無線機が登場。
電波法改正により、350MHz帯及び400MHz帯のアナログ簡易無線機の使用期限が制定。(~2022年11月30日→~2024年11月30日)

2010年代

音声通話に特化したデジタル無線機DC型を販売。(2011年)
接続できる機器は限られますが、コストが抑えられるため、多くのお客様に選ばれる製品になりました。
さらに初期費用を抑えられるIP無線機NTK-IPを販売。(2015年)

DC型無線機
DC型無線機(2011)
IP無線機
IP無線機NTK-IP(2015)

タクシー配車は電話だけでなくスマホアプリからも注文が入るようになりました。
各社スマホアプリに対応して注文を受けられるようになったほか、当社オリジナルアプリの開発もスタート。

時代背景

モバイル通信が3Gから4Gになり、オンラインが生活の一部になる。
東日本大震災により、防災/節電/家族の絆といった国民意識が大きく変わる。
スマートフォンが普及し、電話注文だけでなく、スマホアプリから配車注文ができるようになる。